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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)246号 判決 1997年2月25日

呼称

上告人

氏名又は名称

内河熙

住所又は居所

東京都保谷市東伏見二丁目六番一〇号

代理人弁理士

石井孝

呼称

被上告人

氏名又は名称

株式会社パスタの専門店壁の穴

住所又は居所

東京都渋谷区恵比寿三丁目二八番一二号 エイ・テイ・ワイビル

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第五〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年七月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石井孝の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件商標が引用商標と類似しないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫)

(平成八年(行ツ)第二四六号 上告人 内河熙)

上告代理人石井孝の上告理由

一、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反ひいては経験則違反がある。

(一) 原判決は、判決書第十二頁の「第六、当裁判所の判断」において審決の、本件商標と引用商標の認定内容、両者が称呼上及び外観上非類似であるとの判断、引用商標から「壁の穴」の観念を生ずるとの認定はいづれも当事者間に争いがない。と認定した上で、本件商標から生ずる観念について

「本件商標は、別紙一表示の通り図形部分と、その上部に図形部分の約十分の一の幅で一列に横書きされた「HOLE IN THE WALL」の四語句からなる欧文字部分を組合わせた構成であり、全体の約九割以上の面積を占めるその図形部分は、腰部から上部を描かれた婦人が、湯気をたてて茹で上った麺類を立ったまま皿に盛りつけているところを表した具体的なものであると認められる。

したがって本件商標のうち茹で上った麺を盛りつけている人物を描いた図形部分からは「茹で上った麺、又は「麺を茹で上げている人」という比較的具体的な観念が生ずるものということができる。」と判断している。

しかしながら原判決の右認定は判決書において述べた審決理由の要旨(第三頁)において審決が「・・・構成中の図形部分からは特定の称呼、観念は生じないものと認められるが・・・」との認定と明らかに異なった判断を示している。一方当事者間においても原判決の右判断に沿った同一の主張はしていない。

而るに原判決は前記の審決及び被告側の主張と異なる判断を示したことについて、その理由についても納得の行く説明はしていない。

ところで図形と欧文字による結合商標である本件商標の図形は原判決の指摘する如く人物による麺の調理を示した図形であるが、図形の上部に表示されている欧文字のHOLE IN THE WALLの文字商標とは何等関連のない図形であり、また本件指定商品である食品とは何らの関連のない図形である。そして前記図形は図形が全体の九割以上の面積を占めるといっても、本件商標の図形は取引者、一般需要者にとって比較的具体的ではあるが一般にアピールする記憶に残る程の印象を与えるようなマークとか動物とは異なり一般需要者間に親しまれ記憶に残ると云った印象を与えない漠然としたありふれた図形である。

従って本件商標は漠然とした図形と、意味が明瞭な欧文の文字の部分とは全体の構成上の占める割合において大きな差異は認められるが両者に軽重の差はなく何れも要部をなすものと考えられる。従って本件商標が外観上図形と共に明瞭に看取できる欧文字による商標があるにも拘らず原判決の説示した如く「茹で上った麺」又は「麺を茹で上げている人」と云う漠然とした印象観念を示して一般需要者により購買され取引業者間で取引されることは商慣習としても経験則上も殆どあり得ないことである。又そのような証拠も示されていない。

仮に本件商標の図形が「茹で上った麺」又は「麺を茹で上げている人」と云う観念が生じたとしても、原判決の判断は結合商標である本件商標の図形部分と文字部分をその占める割合のみによって審決の示していない図形部分の観念を強調するものであり、上告人の到底理解し難いところである。(理由は詳細に後述する。)

従って原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則ひいては法令違反があるというべきである。

(二) 原判決は判決書の第十三頁第九行以下において「一方図形部分の上部に一列に横書きされた『HOLE IN THE WALL』の欧文字部分は図形部分の約十分の一の巾で記載されているから上記図形部分に付加された文字という印象を与え本件商標全体の構成において、見る者に与える影響は図形部分に比し薄弱たるを免れない。」と認定し、本件商標の「HOLE IN THE WALL」の欧文字部分を付加的部分という認定をしている。たしかに本件商標の図形部分は全体構成の十分の九を占めている。しかし前記の如くその図形は漠然とした印象であり取引者、需要者間に馴染み易い、かつ特長のある図形とは認められないものであり、図形の大きさに比較し極めて印象の薄い図形という外はない。

これに対し本件商標の欧文字部分は図形のほぼ上部に目立ち易い位置に明瞭に表示され後述の如く一般需要者にとっても英語の構成上誤解され易い欧文字であり、意味内容としても日本語として「壁の穴」という風変りな名称も生ずることが考えられ一回覚えたら容易に忘れ難い記憶に残る称呼である。(理由後述)

従って本件商標の図形部分と文字部分は両者何等関連のない表示として全体からみていづれも本件商標の要部であり、文字部分を付加的部分として軽視し図形部分ついて印象を重しとする認定は失当である。

(三) 原判決は本件商標の外国語で表示されている文字商標について第十四頁において「本件商標は、その指定商品を第三十一類「調味料香辛料、食用油脂、乳製品」とするものであり、これらの商品は、一般の食料品店やスーパー、マーケットなどで販売されているものであるから、その主たる需要者は青少年層に限られず一般の消費者全体と認められ、これら普通一般の消費者の英語に対する普及度及び理解度からみると「HOLE IN THE WALL」の四語句からなる欧文字の意味するところが、その表示又は称呼に基づいて直ちに「壁の穴」であると理解できる程度に至っているものとは認めることができない。」と判示し、その前提として「外国語で表示されている文字商標については、その商品の主たる需要者が当該外国語文字の表示又は称呼によって日本語文字の場合とはほぼ同様にその意味が直ちに想起できる程度に当該外国語文字の理解が我が国において普及している場合に、当該外国語文字からその日本語訳に相当する観念が生ずるものというべきである。」(判決書第十三頁以下)とその論拠を示している。

しかし右論拠は必ずしも正解ではない。その理由は

上告人が原裁判所において提出した甲第七号証(東京高裁昭二十八年(行ケ)第三号判決)、甲第八号証(特許庁審決)、甲第九号証(特許庁審決)については何れもその商品の主たる需要者が当該外国語文字の表示又は称呼によって日本語文字の場合とはほぼ同様にその意味が直ちに想起できる程度に当該外国語文字の理解が我が国において普及している場合に、当該外国語文字からその日本語訳に相当する観念が生ずるものであったと認定し得たものであるかは極めて疑問である。

すなわち「TOP」が日本語の「こま」の意味を有し、「LILYWHITE」が「白百合」の日本語と同一であり、「NORTHERNKING」が「北王」の日本語を意味する観念が直ちに想起できるものとは容易に考えられないからである。すなわち英語よりなる商標の観念的多様性については取引の実態を考慮すべきである。

従って原判決による「HOLE IN THE WALL」に対する観念類似の前提は前記判例、審決例と異なるものであり、その理由について示すところもないものであるので判旨は正解を射ていないと言わざる得ない。

(四) 原判決は判決書の第十五頁(四)以下において、「原告は自己の商品の流通、宣伝、販売に際し、本件全称呼によっても本件の登録査定時である昭和六十三年一月十四日までの間に原告が「HOLE IN THE WALL」と「壁の穴」とを上下二段に併記して広範に使用していたものと認めることはできないから、原告の主張はその前提を欠くものといわなければならない。」と判示している。

しかしながら本件商標登録査定時より取消訴訟提起時である平成八年三月二十二日迄に八年間を経過している。原告は自己の商品の宣伝手段である消耗品であるパンフレット、チラシ、ミニ新聞、包装袋、包装紙、包装箱等多くの手段を用いてきたが流通業界におけるデザイン変更による宣伝手段、包装様式、包装材料、販売価格等は年毎と云ってよい程変り、又それに対応した方策改定をしなければならない時代であるので、中小企業としてはせいぜい四、五年前迄も保管してあればよい方で、その以前は不可能に近い。(医師のカルテさえ保存期間は法律上五年間でありその以前のものは廃棄しているのが実情である。)

原判決は八年前の登録時(昭和六十三年)に遡った証拠提出の手段を欠いていると認定しているが、裁判所も不可能に近い証拠の提出を求めるものとは思われないので、上告人としては判決書第九頁(a)以下で英語教育の実態について約十年前(昭和六十一年)よりの文部省初等教育課及び教育庁教育情報課及び甲第五、六号証の小学生の英語テキスト(昭和四十年頃発行)による国公私立学校の英語の教育水準その他についての客観的、社会的な状況証拠によって、前記英語と日本語訳の観念類似の是非を主張してきたものである。以下前記以外の原判決の示した判断について次の通り反論する。

(五) 原判決は判決書の第十六頁第十一行以下において

「仮に原告が前時点までの間に上記のような態様により「HOLE IN THE WALL」と「壁の穴」とを併記して使用していたとしても自己が宣伝販売しようとする限られた商品における使用態様によって、一般の広範な消費者、需要者が本件商標中の「HOLE IN THE WALL」から「壁の穴」を直ちに想起することが可能となっていたとは到底考えられない。従って原告の主張はいづれにしても失当である。」と判示している。

又原判決は第十四頁下から第二行目以下において「例えば小学生用の英語教科書(甲第五号証、第六号証)において「WaLL」の意味が「壁」であることは示されているが、本件商標と同義である「HOLE IN THE WALL」というフレーズが表示されてその意味が「壁の穴」であることを示している箇所はなく「壁の・・・」を意味するフレーズとしては「ON THE WALL」が表示されているだけである。又研究社『リーダーズ英和辞典(昭和五十九年発行)によれば「・・・ON THE WALL」のフレーズが表示されて「壁に掛けた・・・」と訳されているが「IN THE WALL」の表示は表示されていないことは当裁判所に顕著である。」と説示されている。

しかし「壁の穴」の「穴」は「壁に掛けた・・・」の「ON THE WALL」とは意味が全く異なる。「壁の穴」の「穴」といえば一般的には壁にあけた穴(貫通孔もしくはメクラ穴)、もしくは隙間孔の意味であり、「額」や、その他「日用品」の「壁に掛ける」こととはおのづからその意味が異なることは明らかである。被上告人側が提出した甲第二十五号証にもスパゲッティの包装用紙に「壁の穴」店名の由来として「シェークスピアの真夏の夜の夢の終幕にでてくるHOLE IN THE WALLからその名をとりました。」と被上告人自身が「壁の穴」と「HOLE IN THE WALL」は全く同一であると認識していたものである。しかしながら原判決は英和辞典に「IN THE WALL」というフレーズが表示されていないからといって意味の異なる日本語訳と対比して「HOLE IN THE WALL」から「壁の穴」の観念を生ずることはないと認定している。

思うに、「英語を日本語に訳す場合いくつかの表現方法があることは学校教育においても一般的にも容易に理解できる。「HOLE IN THE WALL」の欧文字が四語句から成り立っていると云ってもそのうち二個の単語である「HOLE」がゴルフの慣用語であるホールインワンの穴(孔)の意味であり、(原告第一回弁駁書第十頁下から第三行目以下)「WALL」が壁を意味することは甲第五号証の小学生用の英語教科書に載っており社会通念上顕著であると云ってよい。」従って「壁の穴」が英語として英語辞典に表示されておらず、又使用される機会が少ないこと、あるいは「我が国の通常の英語教育において原判決が「HOLE IN THE WALL」というフレーズが一般的に多用されて、これが「壁の穴」と訳されていると認めることはできず、そのような英語教育の状況に照らしても「HOLE IN THE WALL」から「壁の穴」との観念が生ずるとまで認めることはできない。」との認定については以下の判例からみても疑問である。

判例においても「商標からどのような観念が生ずるかは、その指定商品の需要者、取引者が商標の構成に基づき、これをどのように観念すると認められるかによって決せられ必ずしも商標の文字等について著書や辞典類に示された通りの語義が商標の観念となるものではない。」(昭和三十九年六月十六日東高判、昭三十七年(行ナ)一九〇号行裁例集十五巻六号一二二頁)。又他の判例によれば

「外国語に由来する商標の観念を認定するにあたっては、我が国の取引界の実情からみて、現実にいかに受けとられるかによって、これを決定すべきであり本来の外国語の意味とは必ずしも一致するものではない。」と認定している。(昭和三十九年七月二日東高民十三判、昭三十三年(行ナ)七十四号行裁例集十五巻七号一三七八頁)

本件商標は、食品類の第三十一類を指定商品とし、一般の食料品店やスーパー、マーケットなどで販売されており、青少年以外に需要者は一般の消費者全体であることは云うまでもない。

一般の消費者が食品関係の店舗で手にとって見る場合注意するのは商品名(商標)についで値段、賞味期限、及び製造元(メーカー)等である。そこで食品関係の購買者の大方を占める主婦は従来の嗜好と併せてチラシやテレビコマーシャル等でどこそこの会社の何々という製品というイメージで購買する例が大部分である。なお食品関係については包装袋、ケース、容器については、必ず名称(商標名)、製造所の住所、氏名等基本的表示が食品衛生法第十一条、同施行規則第五条により昭和三十二年以来義務づけられておりこのことは裁判所において顕著である。

従って食品業者としての被上告人会社は当然ながら上告人の商標「壁の穴」の同一表示を含む「パスタの専門店壁の穴」の会社名を上告人と同一指定商品に表示して販売することになることは云うまでもない。(前記甲第二十五号証参照)そこで一般消費者、購買者はスーパーマーケットにおいて本件指定商品の調味料等の商品の包装や容器の全体を観察して「パスタの専門店壁の穴」という会社名(製造元)の「壁の穴」について当然読み取り頭に入れる筈であり同時に商品に表示されている本件商標の「HOLE IN THE WALL」の表示記載があれば一般購買者は両者を関連づけて同一意味でないかと観念上連想することは極めて自然である。

又一般需要者は「HOLE IN THE WALL」についてHOLE及びWALLという二つの単語から前置詞、定冠詞の「IN」及び「THE」の使い方、表現についての正確な理解や記憶がなくても「壁の穴」もしくはこれに近い英語訳を連想し観念することは家庭の主婦や一般の人々を基準として考えてみても本件商標登録時を基準として判断しても現代の英語教育や、英語の氾濫している日常周囲の社会環境下における英単語常識からみて極めて容易である。従って第三十一類の食品を指定商品とする本件商標については前記のような日常の生活と密接に結びついている流通社会の実態を無視してこれと遊離した単に形式的画一的に商標の観念類似を判断することは商標法の立法趣旨に反するというべきである。

(六) 以上記述したところから、原判決は最終判断において(判決書(四)第十七頁)

「審決の「本件商標中の「HOLE IN THE WALL」の欧文字部分はこれを全体としてみるとき、これより直ちに壁の穴の意味を想起し得る程日常的になじまれた英語であるとはいい いところである。」(審決書第八頁第二行~七行)との判断に誤りはなく前示のところから本件商標においては、図形部分から生ずる「茹で上った麺」、又は「麺を茹で上げている人」という観念をもって構成全体から生ずる観念と認めるべきものといわなくてはならない。」との判断は上告人としては、本件商標について観念類似における図形と文字の分離可能性及び図形全体の外観、印象、取引購入時における一般需要者の反応及び連想から生ずる観念について同一商品の包装中「HOLE IN THE WALL」と「壁の穴」の表示が生ずることは英語に対する日常の理解度からみても一般需要者に観念上類似するとの連想及び誤認を生ずることは明らかであると認められ、従って前記原判決の最終判断は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があったものというべきである。

以上

【審判番号】平成2年審判第17659号

【審判請求日】平成2年9月28日(1990.9.28)

【審決分類】

T111.262―Y (131 )

【請求人】

【氏名又は名称】内河 煕

【住所又は居所】東京都保谷市東伏見2―6―10

【代理人】

【弁理士】

【氏名又は名称】石井 孝

【被請求人】

【氏名又は名称】株式会社 パスタの専門店壁の穴

【住所又は居所】東京都渋谷区恵比寿西1―16―3

【代理人】

【弁理士】

【氏名又は名称】湯浅 恭三

【代理人】

【弁理士】

【氏名又は名称】長谷川 穆

【代理人】

【弁理士】

【氏名又は名称】島田 富美子

【決定日】平成8年2月1日(1996.2.1)

【審判長】【特許庁審判官】川崎 義晴

【特許庁審判官】三浦 芳夫

【特許庁審判官】飯島 袈裟夫

(210)【出願番号】商願昭60―54037

(220)【出願日】昭和60年5月30日(1985.5.30)

(260)【公告番号】商公昭62―71660

(442)【公告日】昭和62年9月25日(1987.9.25)

(111)【登録番号】商標登録第2036257号(T2036257)

(151)【登録日】平成2年11月9日(1990.11.9)

(561)【商標の称呼】1=ホールインザウオール

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